2015年の夏に北アルプス南部を7日間かけて歩きました。
その最終日の記録です。
★ 7日目 8/1(土) 【 笠ヶ岳山荘 → 新穂高温泉】
縦走最終日の朝。
周りのテントの物音で目を覚まします。テントから出た私の目に飛び込んできたものは、雲一つない瑠璃色の空と、その下に浮かぶ槍ヶ岳のシルエット。
思わず声にならないため息が漏れます。
素晴らしい……!
7日間にわたる山旅のフィナーレを飾るにふさわしい、最高の朝。山頂で日の出を迎えるのも手ですが、今日は静かにその時を迎えることにしましょうか。
スープのためのお湯を沸かしながら、このひと時を楽しみます。そして……
8月1日の朝日が、テント場を照らし出しました。
隣のプロのお二方は早々に出発されていきましたが、こちらは今日は下山するだけ。
こうして非日常の世界にいられるのも今日までですから、じっくりとテント場の朝の雰囲気を満喫しました。
そうして周りが落ち着いてきたら、まずは山頂へ向かいます。
テント場から25分ほどで山頂に。
四回目の訪問にして、ようやく晴れてくれた山頂。さて、そこからの眺めはというと……
もう何も言うことはないですね(^-^)
双六から来るにしても笠新道を登るにしても、簡単にはたどり着けないこの笠ヶ岳。そう考えると、たった四回で晴れてくれたのはむしろ幸運だったのかもしれません。「絶景ですね~!」なんて、周囲の登山者と喜びを分かち合いました。
クリヤ谷に向かって下りていく単独男性。
高橋さんたちもこちらから下りたようです。この笠ヶ岳~クリヤ谷ルートは玄人好みの渋い登山道で、できれば通ってみたいところではあるのですが、今回は見送り。地図読みとか渡渉など、技術が伴っていないとソロではちょっと危険そうなので。こうしたところが不安なく歩けるようになったら、少しベテランに近づけるのかもしれません。
さらば、非日常の世界
さて、名残惜しいですがそろそろ帰りましょうか。
のんびりとテントをたたんで、テント場を後にします。
この笠ヶ岳のテント場、ご覧の通り小屋が遠く(=トイレが遠く)、水場は雪渓頼みですし、張れる数も多くない……と、いささか利便性に欠けるところではあるのですが、不思議と居心地は悪くなかったりします。展望が素晴らしいですし、小屋の雰囲気も良いからでしょうか。
サヨナラ。
非日常の時間をくれてありがとう。また来るよ。
爽やかな朝の空気の中、まずは笠新道分岐まで、昨日来た道を戻ります。
昨日あれだけ苦労した道も、こうして快晴の下で歩いてみればなんと気持ちの良いものでしょうか。
登山道わきの花々が美しく、行き交う登山者もみな笑顔でした。
死の笠新道
しかし、そうした幸せな時間にも、やがて終わりが近づいてきます。
今歩いている抜戸岳への稜線は、左手を見るとご覧のように日本海が見え、その海を越えて吹き渡る風はまさに清涼の一言で、ここはまるで天国かと思えるような珠玉の道です。
しかし一方、
これから降りていく右手に目をやれば、そこには灼熱の杓子平があります。
昨日の経験から言って、こちら側が無風なのは確実です。そして今日は雲もないため、昨日に増して太陽が猛威を振るうのは疑いようもありません。更に、その降りる道は北アの中でも厳しいことで有名な笠新道です。
つまり、この先に待ち受けるのは地獄。
……降りたくねぇ……
真剣にそう思います。このままここで1時間ぐらい立ち尽くして蓄冷してから下りようかな、なんて本気で思ったりも。
とはいえ、このまま時間が過ぎれば気温はますます上がるわけで、降りるなら早くするに越したことはありません。
7:59、覚悟を決めて、デスロードへの一歩を踏み出しました。
……そうして下りた先は、やはり想像通りでした。いや、想像以上だったかも。
とにかく、笠新道分岐からほんの少し下りただけで、もう風は見事になくなりました。日差しはご覧の通りギラギラですし、笠新道上部は森林限界を越えているので日差しから逃れるすべはありません。
稜線を歩いているときは汗一つかいていなかったのに、一瞬で汗だくに。
しかも長いんですよね~、この笠新道……
前回降りたときは暑くなかったですし、四国から来た謎の健脚おじさんとトレランバトルをする羽目になったのでマッハで下山できましたが、今日はもう無限の道のりに感じます。
もっとも、こちらはまだ下山だからましな方かもしれません。
今日は土曜日なので、道中では何組もの登りパーティとすれ違いましたが、暑さで顔が真っ赤になっているのは当たり前、それどころかもう真っ赤を通り越して真っ青になっている方も散見されまして、見ているこちらが不安になることもしばしば。あきらめて下山するか相談しているパーティもありました。
思い起こせば、笠新道分岐の辺りから早くも登りパーティとすれ違っていましたが、あの方たちは賢明ですね。暑くなる前に登ってしまえ、という作戦でしたか。
笠新道登山口から稜線の笠新道分岐までの登りCTは5時間50分(!)ですから、ヘッデンで登り始めないと涼しいうちにはたどり着けないですけど、熱中症や水不足の恐怖と戦うよりはまだましなのかも。
下るにつれて徐々に木陰も出てきましたが、この頃になるともう脚は売り切れ。下りなのに頻繁に小休止を挟みながら進むのがやっとでした。これは周りのパーティも同じで、「ちょっと休みます」「じゃあお先に」なんて、交互に抜きつ抜かれつしながら降りていくことに。
ですから、笠新道登山口に降り立った時は本当に嬉しかったものです。
周りのパーティの方々と「お疲れさまでした!」と声を掛け合います。
かつてこれほど本気で赤の他人に対して”お疲れさまでした”と思ったことはない、というくらい、これは社交辞令ではなくまさに心からの声でした。単に相前後して降りてきただけなのに、そこにはいつしか謎の連帯感が生まれていたのです(笑)
鍋平は遠く
しかし、難所は越えたとはいえ、まだ旅は終わったわけではありません。
笠新道登山口から新穂高方面を見ると……
もうまぶしすぎて真っ白にしか見えない林道が、そこにはありました。
ぎゃああ、行きたくないいぃぃ!
……とはいえ、行かないわけにはいきませんね。灼熱の林道をヨロヨロと歩いていきます。
そうして干乾しになりつつ、13:33、なんとか新穂高温泉まで来ました。
(笠新道登山口に降り立ったのが12:15ですから、休憩を含めてもそこから45分の道のりを1時間かけて歩いてきたことになります。いかに満身創痍かよくわかりますね)
ここでようやく旅も終わり……と言いたいのですが、残念、まだです。車は鍋平園地に停めていますから、そこまで戻らなければなりません。
ここで、本来はここからロープウェイでしらかば平駅まで登って、そこから下って鍋平園地へ……というのが賢いのですが、当方、今日で5日ほど風呂に入っていないわけですから、この身体でロープウェイに乗るのはさすがに恐ろしすぎます。
となると、この道路をひたすらたどって鍋平まで……となりますが、当然そんな体力はありません。そこで、この写真左手にある、鍋平園地へのショートカット登山道を利用することにしました。
まあショートカット登山道が楽なのかというと、そんなことはありませんけどね……
標高差は120mくらいですしそんなに急登でもないのですが、もう平地ですら満足に歩けないありさまでしたから、30秒登って1分休んで……なんて感じで、どうにか登り切った、というところです。
でも、道路をひたすら歩いていくよりはさすがに早くて、およそ40分で鍋平園地駐車場に到着。
あ~~~~、帰ってきたよ!!
ここを出たのは6日前。登山計画通りに完遂できるとは思っていなかったので、この時はもう嬉しかったというか、よくやれたなというか(よくよく考えるとそれほど大したことはしていないのですが)、とにかく成し遂げたぜ、という感でいっぱいでした。
この後は何はさておき温泉へ。向かったのはいつもの通り「ひらゆの森」です。
(どうせここから行くのなら近場の佳留萱山荘にでもすれば、と思われるかもしれませんが、疲れているのでひらゆの森のあのシステマティックなところがいいのです。慣れていて何も考えなくてすみますから)
5日ぶりの温泉の感想は書くまでもないでしょう(^-^)ただただ最高でした。
夏の岐阜の雰囲気はあまりにも良く、このままここでもう一泊……なんて考えもよぎりましたが、休みもそろそろ終わりなので、後ろ髪を引かれる思いで帰路へ。
そして恒例の梓川SAに立ち寄り。
なんでしょうね、もう北アからの帰りはここに寄るのがルーチンになってしまっていて、ここに来て初めて、この旅も終わりなんだな……という実感がわいてくるようになりました。
自己最長の7日間となった今回の山旅。
限界には挑まない緩い行程とはいえ、出発したときにはさすがに緊張がありました。これまでも7日の計画で挑んだことはありましたが、すべて途中敗退していますから、7日目辺りにどうなっているのかは未知数でしたし、加えて率直に言うと、なんやかんや言い訳を作って途中で降りてくるんだろうな、と思っていた部分もありました。
何というか、山中に三日も四日もいると、だんだん里心がついてくるんですよね。これまでも「縦走の途中だけど帰りたくなったから下山する」という登山者をたくさん見てきまして、そう思う気持ちはわかりますし、それは別に悪いことでもないと思います。
それが今回、不思議と最後まで帰りたいと思うことはありませんでした。
今までの縦走はどうしても余裕がなくて、どこどこまで歩き通さねばならない、ということが第一でしたから、それに比べて今回の旅は余裕があったのが幸いしたのでしょうか。天候に恵まれたこともありましたが、山にいられることがただ楽しかったですし、目に映るものすべてが新鮮に見えました。やっぱり自分にとっては登山はスポーツじゃなくレクリエーションなんだな……と改めて実感した旅になりました。
重度の登山好きの方はわかるかと思いますが、週末に山に行って帰ってきたのに、それから次の週末に向けてまた「山に行きたい……!」という感覚に襲われたりしますよね。
あの感覚が、この旅の後はしばらくありませんでした。その事実が、この山旅がどれほど自分にとって山への渇望を満たしてくれるものであったかを、端的に表していると思います。
最後に……
6日目、抜戸岳から笠ヶ岳に向かっている途中、すれ違った小屋泊りのソロの男性が私のザックを見て、こうつぶやいたものです。
「テント泊は、いいよな……」と。
あの時は重さで死にかけていたので全くいいとは思いませんでしたが、こうして歩き通せた今なら、余裕をもって言えます。
テント泊って、いいよね!